結婚 花嫁修業
結婚へのチャンス

新しい時代の花嫁修業

新しい時代の花嫁、修業

高校の教科内容で、\"家庭科\"を女子だけの必修にするか、男女ともに必修にすべきか、選択科目としておくべきか、いろいろと議論がありました。結局、\"原則として女子は必修\"ということにきまったようです。男女ともに必修にすべし、という主張者の論旨は、「諸外国では、すでにあたりまえのこととして、男女ともに、よい家庭を築くための教育が高校で行なわれている。日本でも家庭科に、そういう精神的な内容を盛って、男女とも必修にすべきだ」というのでした。ところで、昔は、学校を卒業した娘さんたちは、はっきりと花嫁修業と銘うって、お嫁入りのためのさまざまなけいこごとをさせられたものです。「あちらの娘さんは、お花は○○流、お茶は○○流。お琴もうまく、書道の達人でもございますよ」こんなことが、必ず仲人の口から聞かされもしました。おけいこごどの実績の多さが、あたかも娘さんの価値であるかのように考えられていたのですから、いやいやでもやらずにはいられなかつたのでしょう。このごろのように、高校の家庭科さえ云々されるような時代には、花嫁修業などというものも、不必要なのではないかしら、と考える娘さんもいるはずです。もっとも、文部省の考え方がどうあろうとも、女子高校生の九〇%は、家庭科を選択していて、大人が心配するほど、花嫁修業を拒否しているわけでもなさそうです。ところで、今の娘さんたちは、昔とは違って、その多くが職場に進出しています。家にいて、あれやこれやとけいこごとにうきみをやつす暇もない代りに、会社の厚生施設として、いろいろなおけいこの便宜が図られていますから、自分の考えと好みで、好きなように勉強ができるわけです。月謝にしても、ときには実費程度のものしか必要でない場合があります。ここでは花嫁修業などという看板は掲げていませんが、おそらく多くの娘さんたちは、今と将来の自分の生活の豊かさをめざして、おけいこに励んでいるのでしょう。また中には、お嫁に行く前にこれだけはしておかなければ::などと、無意識のうちに、古風なおけいこごとの精神でやっている人もいるかも知れません。「花嫁修業だなんてバカにしないで」とはっきり言う娘さんもいます。「少しでも芸術的なふんいきを楽しみたいのよ。お花一輪を生けるのだって、むずかしいのよ」というロマンチック派の声。また、「私は自分のワンピースくらいぬえるようになりたいのよ。それだけおこづかいの節約になるじゃない」という堅実派の声。Aさんは、そのどちらに属す、といったらよいかわかりませんが、とにかく何でも屋です。一週間のうち、土曜日を除いた毎晩が、おけいこでぴっちりとつまっています。月曜日は生花、火曜日は習字、水曜日は茶の湯、木曜自は手芸、金曜日は料理、といったぐあい。これらはほとんど会社内に教室があるので、その点はらくです。勤めが終わると、教室になっている社員ホールへ。ときには、おそばなどで腹ごしらえをすることもあります匂が、たいていは、家へ帰って夕食をするのが十時過ぎ。「よくつづくわね」と友だちに言われ、おかあさんも「もう少し家にいる時間を多くしたら」と心配しますが、Aさんはやめません。彼女の目的は、お茶もお花も師範の資格をとりたいこと。あと三年もすれば、どうにかものになるでしょう。そしたら結婚しても共かせぎはせず、家で近所の奥さんや娘さんに教えましょうーいま二十二才のAさんのちょっとばかりがっちりした夢なのです。なにしろ会社の施設ですから、月謝はお安い。材料費を入れて全部で一五〇〇~二〇〇〇円というところ。Aさんにとっては、じゅうぶんもとのとれる投資にほかなりません。同年配の男子社員が映画を見たり、マージャンをしたり、ときには一杯飲みに行ったりしているときに、Aさんのこの努力は少々涙ぐましいかぎりです。「何がいちばん好き?何がいちばんおもしろい?」と聞いても、Aさんは、「みんなおもしろい。おもしろいなんていちいち考えてもいないけど」という答えです。Aさんが、当世流の花嫁修業をしているのに対して、先輩格のSさんはどうだったでしょう。Sさん。子どもが二人ある未亡人。洋裁店を開いて自活しています。Sさんの店はごくささやかですが、\"スカートの店\"という、看板を出しているのが特徴。家庭の主婦にもオフィスガールにも、いちばんちょうほうされるのはスカート。四季を通じて需要があります。ここに目をつけたSさんは、すでに仕立て上がったスカートも売り、.注文にも応じるというやり方をしています。Sさんは、戦前、花嫁修業の一つとして洋裁を習い、ミシンを持ってお嫁に来ました。洋裁は、ほかの何よりも好きだったので、暇があるとミシンを踏んでいました。戦争でご主人は戦死。さて自活しなければ、こいうときに、好きな洋裁をまず頭に浮かべました。一年間洋裁学校へ通い直して、店を開きました。一枚の布地から、個性のある洋服ができ上がっていくことは、お金もうけ以外のSさんの喜びでもあります。のんびりとミシンを踏んでいた娘時代、新妻時代より、生きることがきびしいだけに、喜びもひとしお大きいように思われます。Yさん。これは、もっとにぎやかなお話です。このごろ、Yさんはしらが頭をしゃんとさせて、すごく張り切っています。どうしたのかと聞いてみたら、住んでいる団地の奥さんたちと楽しい合唱グループを作ったのだそうです。Yさんは音楽学校に行つたわけではありません。当時、両親は女の子が女学校以上の勉強をすることなんか、認めてもくれませんでした。おかあさんを拝み倒して、茶の湯のけいこの帰りに、声楽の個人教授をかろうじて受けることができました。Yさんは歌うことが大好きだったのです。それから何年。今は娘もとつぎ、末子も高校の入試にパスしました。Yさんの心はいくらか緊張がやわらいで、ベランダに出ると自然に歌ってしまいます。通りすがりの顔見知りの奥さんが、「あら、いい気持そうね。私も歌いたいわ」と言ったのがきっかけ。今では十三人の仲間が集まって、グループの結成となったのです。多少でも素地のあるYさんがリーダー格。毎週木曜日に、回りもちで会場を提供、ひとしきり楽しく歌います。そのあとの番茶を飲みながらのおしゃべりも、けっこうよいレクリエーションです。別れて帰るとき、「早く来週になればいいわね」と子どものように言い合って大笑いになります。娘時代にやっておいたことが、何かの形でこんなふうに生きているのは、うれしいことです。花嫁修業なんていうことばは古いけれど、決してむだではありませんでした。まず修業のやり方がものをいうのでしよう。
これからの新しい家庭生活には、それにふさわしい花嫁修業のあり方が考えられなければウソだと思います。仲人さんが持ち歩く、花嫁の履歴書に書き連らねられるためにではなく、魅力的な、また力のある主婦となるための花嫁修業は、いつの世にも必要なものではないでしょうか。